鎌倉街道長野ルートの踏査を行いました。

令和8年9月5日
鎌倉街道長野ルートの踏査を行いました。
参加者 亀江幸二・竹腰藤年・中林 剛・反中  ・清水清一

 縄文時代の頃から地域を結ぶ道はあったと思われますが、鎌倉幕府が誕生し「すわ鎌倉」として全国に街道が整備され、飛騨・北陸と関東を結ぶには北アルプスの高峰が立ちふさがり、比較的通りやすいのが安房山付近の信濃峠しかありません。
 この街道も岐阜県側では、四年余り前までは幻となっていましたが、地元の二人の方が数十年かけ発見し整備されました。
 昨年から今年にかけNPO神通砂防が維持管理作業を行いってきましたが、これ以上継続することは難しく思われるので、通行が容易なうちにと長野方面の踏査を計画しました。
 街道は明治の初めころより、別ルートの整備が進められ、長野方面は維持管理されていないため笹藪に覆われていました。
赤色立体地図で発見されGPSに落とされた地図を頼りに、十時間余りかけ岐阜県安房平から長野県沢渡まで歩き、街道があることを確認しました。